2008年01月23日
メシア
救世主のことをこう呼びましたよね?
救世主とは、苦境にある集団を救うはたらきをした人、もしくは、はたらきをすべき人のこと。宗教的には人類の救い主を指すことが多く、キリスト教ではイエス・キリスト、仏教では釈迦と弥勒菩薩をさす。
救世主とは古代ユダヤの民間思想で、ヘブライ語マスィアッハ(ラテン語でメシア、英語でメサイア)の意訳。
世界のどの民族にも、困難な時代には英雄登場と、英雄による社会救済を待望する気持ちが人々に高まるが、 この期待が宗教的にまで高まり、救済する範囲も一民族のみならず世界まで拡大したものが、救世主であると定義して良いであろう。
ユダヤ教の背景を全く持たない日本人にも、ユダヤ発祥である救世主という概念が理解可能な理由はこの民族共通の願望である。しかしヘブライ語マスィアッハは元来、このような民族共通の願望とはかなり異なる意味を持つ。この語の原義は「油塗られた者」である。半砂漠の国ユダヤでは、皮膚の乾燥や日焼けの防止に油(オリーブ油)を体に塗るが、これがたいへん気持ち良いので、王の戴冠式には高級な油をその頭に注ぐ儀式があった。隣接する砂漠国アラブには今でも、母親が赤ん坊の体中に油を塗りながら王様の歌を歌う習慣がある。このような習慣により、「油塗られた者」とは「王」を意味する婉曲表現である。この語には、次のような歴史的背景があって、紀元前後のユダヤでは民衆の非常に強い期待が込められた。
紀元前900年頃ダビデ王はユダヤ人の国イスラエルを建国し、その子孫が代々イスラエルを治めたが、ユダヤ人は紀元前500年頃のバビロン捕囚で国を失い、数十年後にユダヤに帰国してからは王制をとらず、神殿祭司中心の政治体制をとったので、ユダヤがローマ帝国の属国となりイエス・キリストの産まれる直前の紀元前1世紀のユダヤには、王は存在せず、ダビデ王の子孫がどこに居るか分からなくなっていた。
支配者であるローマ兵の尊大な振る舞い、また、本来であれば王不在のユダヤ人たちの指導者となるべき祭司たちが、自らの保身のためにローマ人たちに媚びへつらっていること(ローマ皇帝ティベリウスの即位に際し、ティベリヤと称する街を作った、等々)などへの不満が民衆に不安と不満を与え、やがて「ダビデ王の子孫が現れ、ユダヤ民衆を率いてローマ帝国を滅ぼし、かつての栄光をふたたびもたらしてくれる」という信仰が民衆に広まった。この「ダビデ王の子孫」が「油塗られた者」即ち救世主である。
「油塗られた者」という語には、ユダヤ教から派生した次のような終末思想も込められた。
ユダヤ教の聖典である聖書(キリスト教徒が『旧約聖書』と呼んでいる本)は紀元前300年頃にほぼ現在のような形に編纂された。その最初の書は、世界が神によってどのように創られたか書かれた「創世記」である。創世記によるとこの世の初めに神は地上に降りてきて6日間で天、地、光、、人間に至るまでの全てを創造した。
世界の初めについて創世記を書き上げた後ユダヤ人たちは、では世界の終わりはどのようであるかと空想し始めた。その結果「終末思想」と呼ばれるおそろしい考えに至ってしまった。
世界の終わりの日、神は再び地上に降りて来る。そして世界を破壊し尽くす。生きている人間は全て殺し、地上の物は焼き尽くし、山も海も破壊する。 その後、この世で産まれたことのある人間は全員神の前で生き返る。そして神による裁判"最後の審判"を受け、一部の人間だけが救われ、残りは永遠の火で焼かれる。
神は世界を根本から創り直し、救われた人間はそこで永遠の命を得る。
この世界の終わりの日に先立ち、神を手伝うかたちで世界を破壊しまくる人物が現れる。この、神の露払いのような人物が「油塗られた者」である。
即ち救世主=油塗られた者=ダビデの子孫は、ローマ帝国を倒してユダヤ国を救うだけでなく、そのまま世界を終末へと導き、神の再来を招くことまで期待されたのである。
(以上、ウィキペディアより引用)
私にもメシアが現れてほしいです。。
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